和歌山地方裁判所 昭和48年(ワ)143号 判決
原告 堀光三郎
右訴訟代理人弁護士 間狩昭
被告 平田晃生
右訴訟代理人弁護士 鮒子田茂
主文
(一) 被告は、原告に対し、別紙目録(三)記載の建物を収去して同目録(二)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四〇年八月一九日から昭和四五年五月二四日まで一か月一九、九九六円の、同月二五日から右土地明渡完了まで一か月二七、七七二円の各割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) この判決の第(一)項のうち金員の支払を命ずる部分は、原告が五〇〇、〇〇〇円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者が求めた裁判
一、原告
主文(一)、(二)項と同旨の判決および仮執行宣言
二、被告
原告の請求を棄却する。
との判決
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)は金剛峯寺の所有である。
(二) 草田源兵衛(以下、草田という。)は、本件土地につき、次のような性質・内容を有する永代無償使用権を有していた。
すなわち、高野山において、寺院所有地につき、建物所有を目的とする使用権者が、契約当初、土地所有者に対し相当対価(土地買受時価と同一あるいはこれを上まわる価格)を支払うことにより、永久的・支配的、無償で(ただし、土地の固定資産税は使用権者が支払う)当該土地を使用することのできる権利であり、実質的には売買として使用権者に当該土地の所有権を移転すべきものを、これを回避する手段として生れたものであって、地上権または賃借権類似の権利である。
(三) 原告は、昭和二二年七月五日右草田から本件土地の永代無償使用権の譲渡を受け、同年一二月一日右譲渡につき金剛峯寺の承認を得た。
(四) 被告は昭和四〇年八月一九日以降、本件土地の一部である別紙目録(二)記載の土地(以下、本件係争土地という。)上に別紙目録(三)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有して本件係争土地を占有している。
(五) 本件係争土地の賃料相当額は、右同日から昭和四五年五月二四日までは一か月当り一九、九九六円であり、同月二五日以降は一か月当り二七、七七二円である。
(六) そこで、原告は、被告に対し、前記永代無償使用権に基づき、本件係争土地の所有者である金剛峯寺に代位して、本件建物を収去して本件係争土地を明渡すこと、および不法占拠に基づく損害賠償として昭和四〇年八月一九日から昭和四五年五月二四日までは一か月一九、九九六円、同月二五日から右土地明渡完了までは一か月二七、七七二円の各割合による賃料相当損害金の支払いを求める。
二、請求原因事実に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)項の事実は認める。ただし、別紙目録(一)(3)記載の土地の地番は、和歌山県伊都郡高野町大字高野山六〇一番地の二である。
(二) 同(二)項の事実のうち、草田が本件土地につき永代無償使用権を有していたことは認めるが、右権利の性質・内容に対する原告の主張は争う。右権利は、無期限または期限の定めのない無償の使用貸借権にすぎず、物権的性質を有する権利ではない。
(三) 同(三)項の事実は知らない。仮に、原告が草田から永代無償使用権の譲渡を受けたとしても、本件係争土地はその対象に含まれていない。
(四) 同(四)項の事実は認める。
(五) 同(五)項の事実は否認する。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、(金剛峯寺の本件土地所有)
請求原因(一)項の事実は、別紙目録(一)(3)記載の土地の地番がなん番であるかという点を除いて当事者間に争いがない。
二、(草田の永代無償使用権)
草田が、本件土地につき永代無償使用権を有していたことは、当事者間に争いがない。
三、(永代無償使用権の性質・内容)
≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
高野山一円が金剛峯寺の境内であったころ、同寺はこれを各塔頭寺院(高野山において総本山金剛峯寺を護持している寺院)に管理させていた。ところで、右各寺院は、その管理にかかる土地を町家に貸与し、その代りに経済面での援助を受けていたが、明治から大正時代にかけて寺院が経済的に疲幣し、町家からの借金がかさんで返済できないような状態になった。そこで、寺院がそれらの町家に対して、貸与していた土地の永久使用を認め、あるいは売渡すなどした。その後、金剛峯寺が土地整理を行なう必要上、各塔頭寺院にその管理土地の返還方を通知したところ、町家から各寺院との間の土地貸借契約等を理由に訴訟が提起され、その結果、ある事件において、土地は金剛峯寺の所有であることを認めるが、公租公課だけを支払い、無償で永久に使用させるという内容の裁判上の和解が成立した。そこで、右和解をきっかけに、他の事件についても、金剛峯寺と町家との間で、土地を無償で永久に貸与する旨の契約が締結されるにいたった。
右事実によれば、金剛峯寺との間で永代無償使用権を取得した者は、いずれも、同寺に対して直接には土地使用の対価を支払っていないが、同寺が各塔頭寺院にその所有土地を管理させていた当時、各寺院に対して相当の対価を支出したものであることが認められ、右対価の支払いが基礎となって右権利を認められるにいたったものであると考えられる。
そうすると、永代無償使用権は、単なる使用貸借による土地使用権にとどまらず、むしろ、右のような対価の支出をともなっている点からみて賃借権類似の無期限の土地利用権であると解するのが相当である。
四、(草田から原告への右権利の譲渡)
(一) ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。
(1) 草田は、別紙図面の(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(ラ)、(ル)、(ヲ)、(ワ)、(ム)、(レ)、(ロ)の各点を順次結ぶ線で囲まれた土地上に次の(イ)ないし(ニ)の各建物を、別紙目録(一)(3)記載の土地上に次の(ホ)の建物を、それぞれ所有していた。
(イ) 木造亜鉛銅板葺平家建居宅 五二坪五
(ロ) 木造銅板葺二階建倉庫 一階八坪、二階六坪
(ハ) 木造銅板葺平家建物置 五坪
(ニ) 木造銅板葺二階建倉庫 一・二階とも五坪
(ホ) 木造亜鉛鋼板葺二階建物置 一・二階とも二〇坪
そして、別紙図面の(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(ラ)、(ナ)、(ネ)、(ツ)、(ニ)の各点を順次結ぶ線で囲まれた土地を、北隣の建物所有者である今井幸太郎に通路として貸与していた。
(2) 草田の父三代目草田源兵衛は、亀澗平助に本件係争土地を賃貸し、右亀澗は、右土地上に建物を所有していたが、昭和二年五月六日、土地明渡請求訴訟における裁判上の和解によって、三代目草田源兵衛は、被告の先代平田精一に対し、右土地を賃貸することになった。
その後、右平田精一が建物を建築し直したこと等にともない、昭和八年九月一日、右草田・平田間において本件係争土地の賃貸借契約の細目が協定された。
(3) 草田は、昭和二二年七月五日ころ、原告の代理人梅下昇治との間で、前記(イ)ないし(ホ)の各建物の所有権と本件係争土地を含む本件土地の永代無償使用権を二七万円で譲渡する旨の契約を締結し、そのころ右代金を受領した。
そして、原告は、同年九月二二日に、将来における相続税のことを考慮して、当時未成年であった長女喜久子名義で、右建物の所有権移転登記をした。
(4) その後、草田は、金剛峯寺に対し、原告への本件土地永代無償使用権譲渡の承認方を申請した。
これに対して同寺は、同年一二月一日、建物所有権を他に譲渡したときは土地使用権は当然消滅するものとし、かつ、右使用権は堀家一代に限る、との制限を加えたうえ「和歌山県伊都郡高野町大字高野山七二三番地、宅地五二坪三一五、六〇一番地の二宅地九三坪四三」に対し原告の無償使用を承認した。
(二) 右事実によれば、別紙目録(一)(3)記載の土地の地番が「六〇一番地の二」であるか「六〇一番地の三」であるかに関係なく、原告が、昭和二二年七月五日に草田から本件係争土地を含む本件土地につき、その永代無償使用権の譲渡を受けたことは明らかであり、また、金剛峯寺も同年一二月一日に、少なくとも本件係争土地を含む別紙目録(一)(1)・(2)記載の土地につき、右譲渡を承認したものであると認められる。
五、(被告の本件建物の所有と本件係争土地の占有)
請求原因(四)項の事実は当事者間に争いがない。
六、(本件係争土地の賃料相当額)
≪証拠省略≫によれば、本件係争土地上に従来からの建物が存在するものとしたうえで本件係争土地を新規に賃貸する場合の賃料相当額は、昭和四〇年八月当時一か月一九、九九六円であり、昭和四五年五月二五日当時一か月二七、七七二円であることが認められる。
七、(結論)
被告は、本件係争土地の占有正権原について、なんら主張・立証をしない。
そうすると、前認定の事実によれば、本件係争土地の所有者である金剛峯寺は、被告に対し、本件建物の収去・右土地の明渡を請求する権利を有するものというべきであるから、被告は、右土地の永代無償使用権に基づき右寺の右請求権を代位行使する原告に対し、本件建物を収去して本件係争土地を明渡す義務がある。
そして、原告は、被告の本件係争土地に対する無権原の占有により、自らこれを使用することを妨害されており、前認定の金額相当の損害をこうむっていると解されるから、被告は原告に対し、右金員を支払う義務がある。
八、(むすび)
そこで、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言(ただし、建物収去・土地明渡については仮執行宣言は相当でないからこれを付さない。)につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 喜久本朝正 大谷正治)
〈以下省略〉